テーマ:八重の桜

八重の桜 第50回(最終回)&馬医 第24回

いつの日も花は咲く 1894(明治27)年、八重は従軍篤志看護婦として広島陸軍予備病院で日清戦争の負傷兵たちを看護していた。院内ではコレラや赤痢などが発生し危険な状況だったが、八重は感染にひるむことなく勇敢に看護に従事、若い看護婦たちを見事に統率する。  その功績がたたえられ、皇族以外の女性では初となる宝冠章を受章した。このこと…
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八重の桜 第49回 & 馬医 第23回

再び戦を学ばず 1890(明治23)年に教育勅語が発表されると、覚馬は天皇への忠義を課す一節に懸念を抱いていた。  そんな覚馬のもとに東京から健次郎が訪ねてきた。健次郎は兄・浩に代わって川崎尚之助の会津戦記を仕上げるために、京都でどのように薩長と戦っていたかを覚馬に詳しい話を聞く。しかし、覚馬が薩長にも勤王の志はあったと語ったこ…
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八重の桜 第48回 & 馬医 第22回

グッバイ、また会わん 関東に向かった襄は、同志社大学を設立するための募金活動をしていたが、体調を崩して大磯の旅館で療養していた。見舞いに訪れた蘇峰は、八重に病状を伝えるべきだと言うが、襄は断固としてそれを拒む。  一方、京都では、八重が襄からのはがきの文字で、夫の体調に異変があったことを察知する。すでに襄の病状を知っていた覚馬か…
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八重の桜 第47回 & 馬医 第21回

残された時間 同志社の大学設立に奔走する襄だが、心臓病を患い体調の思わしくない日が続いていた。八重は、資金集めのために動き回ろうとする襄を必死に止めるが、襄は全く聞き入れない。  そんななか、東京の大隈邸で同志社大学設立のための募金集会が開かれることになり、襄は八重と共に東京に向かう。募金集会は無事成功し、多くの寄付金を集めた襄…
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八重の桜 第46回

駆け落ち 母・時栄が覚馬と離縁し、山本家を出ていって以来、ふさぎ込む久栄。八重は、母親代わりになろうと久栄を気遣うが、なかなか心を開いてくれない。  そんななか、久栄が心を許したのが徳富猪一郎の弟・健次郎だった。優秀な兄といつも比較され肩身の狭い思いをしている健次郎と、山本家に居心地の悪さを感じている久栄。久栄は悩みを打ち明ける…
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八重の桜 第45回

不義の噂 襄がアメリカから5万ドルという巨額の資金援助をたずさえて、1年8か月ぶりに帰国した。八重は、襄との久しぶりの再会を喜ぶ。  これで大学設立は順調に進むかと思えたが、時栄と青木の不倫関係がうわさ話となって町に知れわたり、同志社の宣教師たちからも不協和音が噴出する。事態収拾のため、覚馬は商工会議所会長を辞職するが、責任の重…
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八重の桜 第44回

襄の遺言 八重が心配するなか、襄は同志社英学校を大学にする資金集めのため、欧米へ旅に出た。留守を任された八重だったが、女学校の運営方針をめぐって米国人宣教師たちと口論になり、険悪な状態になる。すると、そこへスイスの襄から遺書が郵送されてくる。襄が命を削りながら大学をつくろうとしていることを知った八重は、改めて襄を支えていく決意をす…
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八重の桜 第43回

鹿鳴館の華 襄は八重と共に、同志社大学の設立を陳情するため東京の勝海舟のもとを訪ねた。  そして、2人はその帰りに山川家に立ち寄る。山川家には、旧薩摩藩士の陸軍中将・大山巌が、長期留学から帰国したばかりの山川家の末娘・捨松を嫁にほしいと日参していた。旧薩摩藩士との結婚に怒りを抑えきれない長兄の浩と、迷いを捨てきれない妹の捨松。そ…
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八重の桜 第42回

襄と行く会津 襄と八重は、新婚のみねと伊勢を連れ立って、会津への伝道旅行に出かけることにした。みねを連れて行くことにしたのは、生き別れたみねの母・うらに再会できるかもしれないという淡い期待があったからだ。  そして、八重たちはついに懐かしい故郷の土を踏みしめる。山本家が建っていた場所は長屋に変わっていたが、かすかに角場の遺構を見…
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八重の桜 第41回

覚馬の娘 板垣退助たちの自由民権運動が勢いを増すなか、覚馬ら京都府議会は、新聞を使って世論を動かし、槇村の横暴な府政に攻撃を仕掛けていた。  そんなある日、今治で伝道に励む同志社卒業生の伊勢時雄は、かねてから心を通わせていた覚馬の娘・みねに結婚を申し込む。母・うらのために婿をとって山本家を継がねばと思っていたみねは、すぐに結婚を…
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八重の桜 第40回

妻のはったり 同志社英学校の創設から4年。襄は、アメリカの教団からの資金援助を危険視する日本政府から廃校を命じられ、外国人教師たちからも伝道教育の強化を迫られていた。板挟みになり苦悩する襄を、学生たちは弱腰と非難。八重は襄をかばうため、ある嘘をついてしまう。  外国人教師たちの提案を飲んで、習熟度別クラスを解体し、新たに伝道専科…
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八重の桜 第39回

私たちの子ども 八重と襄の念願がかない、女子教育の場となる同志社女学校が誕生した。しかし開校後まもなく、リツという名の薩摩出身の女学生が結核にかかってしまう。  八重はリツを自分の家に移して献身的に看病をするが、10年前の会津戦争で父を亡くしたリツは八重をかたくなに拒む。八重は自分の過去を責めて落ち込むが、あきらめずにリツを看護…
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八重の桜 第37回

過激な転校生 結婚した八重と襄は、新居ができるまで山本家で暮らすことに。襄は早速、八重との寝室にベッドを取り寄せる。生まれて初めて見るベッドをいぶかしむ八重だったが、襄に勧められるがまま横たわる。翌朝、熟睡から目覚めた八重は寝心地の良さに感動。ベッドについて「良いものは良い」と納得する。  そんななか、同志社英学校に熊本で激しい…
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八重の桜 第36回

同志の誓い 襄の求婚を受け入れた八重。しかし槇村は、キリスト教徒である襄と婚約した八重を女紅場から解雇しようとする。キリスト教に入信しないことが雇用継続の条件と迫る槇村に、八重は夫の考えを認めて支えていくことを宣言。そして、教え子たちに後ろ髪を引かれながらも八重は女紅場を後にする。  そのころ、中央政界から離れた西郷は、薩摩に戻…
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八重の桜 第35回

襄のプロポーズ 八重は、襄からの突然の求婚に戸惑っていた。そんな八重のもとに、時尾が藤田五郎(=斎藤一) を連れてやって来る。幼なじみとの再会を喜んだ八重は、さらに2人が結婚したことを聞いて驚く。  しばらくして、東京で裁判を受けていた尚之助が肺病で死去したという知らせが届く。襄は悲しみに暮れる八重を人力車に乗せ、八重の弟・三郎…
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八重の桜 第34回

帰って来た男 1875(明治8)年、アメリカ留学から新島襄が帰国。覚馬や槇村正直の援助を受け、京都に英学校をつくるため動き出す。  そのころ八重は、覚馬に促されて耶蘇教(キリスト教)の勉強を始めていた。宣教師の家を訪れていた八重は、偶然襄と出会う。八重が「女紅場」で働いていることを知った襄は、見学がしたいと願い出る。いきなり押し…
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八重の桜 第33回

尚之助との再会 覚馬が仕える槇村正直が、業務妨害の容疑で捕まり東京に拘留された。覚馬は、槇村の後見人である木戸孝允にとりなしを頼むため、八重を連れて東京へ向かう。結局覚馬の申し出は聞き入れられなかったが、時を同じくして起きた政府内の分裂によって槇村は釈放される。  その後、勝海舟から尚之助の居場所を聞いた八重は、尚之助が住む浅草…
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八重の桜 第32回

兄の見取り図 京都の覚馬の家に暮らすようになった八重と佐久、みね。3人は同居後初めての朝を迎え、八重は台所を手伝おうとするが、覚馬の後妻・時栄の段取りの早さについていけない。  一方、みねは母・うらのことが忘れられず納戸にこもってしまう。みねの後を追おうとした八重を覚馬は厳しく制止し、みねのことは時栄に任せるよう言い放つ。さらに…
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八重の桜 第31回

離縁のわけ 米沢の八重のもとに、尚之助から離縁状が届く。気丈に振る舞いながらも悲しみを抑えきれない八重。尚之助は斗南藩のために行った米取り引きで詐欺に遭い、取り引き先から訴えられ勾留されていたのだ。しかし、八重への手紙にそのことは書かれていなかった。  そんななか、八重たちのもとに兄・覚馬の使いが訪ねてくる。覚馬が京都で生きてい…
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八重の桜 第30回

再起への道 会津戦争から半年が過ぎ、八重たちは米沢藩の知人宅に身を寄せながら、食いぶちを稼ぐため反物の行商をしていた。捕らえられた尚之助からの便りはなく、八重は不安を募らせる。  その後、会津藩は家老・萱野権兵衛の斬首という犠牲によってお家断絶を免れ、斗南へ移されることが決まった。そして、筆頭の大参事となった大蔵は、いつの日か会…
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八重の桜 第29回

鶴ヶ城開城 籠城からひと月近くが過ぎた9月15日。八重の心配を受けながら、権八は補給路を奪還するために出陣する。新政府軍は鶴ヶ城に一日に二千発を超える砲弾を撃ち込み、天守閣は無残な姿になりつつあった。  それでも最後まで会津の意地を貫こうと戦う家臣たちの姿を見た容保は、ついに降伏を決意。使者として秋月を向かわせるが、降伏の嘆願が…
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八重の桜 第28回

自慢の娘 ついに鶴ヶ城に程近い小田山から砲撃が届き始める。竹子の死を悲しむ間もなく、八重は尚之助と共に四斤山砲を操って反撃を試みる。その砲弾は見事敵陣に命中。しかし、敵からの砲撃は激しさを増すばかりだった。  そんななか、八重は着弾した砲弾に、濡れた着物を被せて爆発を未然に防ぐという荒技をやってのける。その様子をかいま見た容保は…
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八重の桜 第27回

包囲網を突破せよ 鶴ヶ城内の八重のもとへ、日新館が焼失し、重傷者たちが自害したという知らせが届く。怒りを抑えきれない八重は、城外で敵を討つため夜襲に出る。城内の守備は整いはじめていたが、新政府軍は最新の兵器と共に続々と会津に集結していた。  一方、中野竹子は母・こうや妹・優子ら女性たちで婦女子隊を結成し、薙刀を武器に新政府軍に戦…
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八重の桜 第26回

八重、決戦のとき 八重は、半鐘が鳴り響く城下を佐久らと共にひた走り、鶴ヶ城に入城する。城の守りが手薄であることを知った八重は、少年兵や老兵たちを束ねて銃撃戦の指揮を執った。  一方、出発が遅れたユキたちは閉門に間に合わず、敵弾飛び交う城下を逃げ惑っていた。そして、頼母の登城のあと自邸に残った妻・千恵たちは自刃の道を選び、壮絶な最…
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八重の桜 第25回

白虎隊出陣 1868(慶応4)年8月、二本松を陥落させた新政府軍はついに会津領内へと陣を進めてきた。竹子は戦に備え、女性たちによる薙刀隊を編成する。城下には触れが回り、権八と尚之助も登城することに。八重は、自分も一緒に出陣したいと懇願するが、権八に一蹴される。 戦況はますます悪化し、会津藩士らは続々と出陣していく。ついに予備の部…
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八重の桜 第24回

二本松少年隊の悲劇 八重がかつて尚之助と共に訪ねた二本松領内が、新政府軍によって侵攻された。八重と交流をもった二本松少年隊も出陣したが、多くの少年兵が新政府軍の激しい銃撃にさらされ、敗走する。深手を負った少年兵たちは八重が救護にあたる会津の日新館へと運ばれる。  その後も会津は苦戦を強いられていた。白河口の総督として尽力していた…
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八重の桜 第23回

会津を救え 1868(慶応4)年3月、会津討伐に乗り出した新政府軍が仙台に到着。参謀の世良修蔵らは同じ奥羽の仙台藩に早く会津を討つよう命を下す。しかし、理不尽さを感じずにはいられない仙台藩は米沢など奥羽の諸藩と結束し、会津救済の嘆願書を提出することに。その知らせを聞いた八重は、安堵する。そして八重と尚之助は早速、米沢藩士らに銃の扱…
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八重の桜 第22回

弟のかたき 八重のもとに、弟・三郎と兄・覚馬が落命したとの知らせが届く。しかし、三郎は遺髪や形見の衣服があるのに覚馬の遺品がないことを不思議に思った八重は、「あんつぁまは死んでいない」と言い張る。  その後は気丈にふるまっていた八重だったが、鉄砲を習う少年に三郎の姿を重ね、こらえていた悲しみがあふれ出す。尚之助は、泣き崩れる八重…
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八重の桜 第21回

敗戦の責任 1868(慶応4)年1月に始まった「鳥羽・伏見の戦い」で、会津藩は苦戦を強いられていた。そのころ八重は、みねと共に訪れた神社で神保修理の妻・雪に会う。雪は、風が吹くなか一心に夫の無事を祈っていた。しかし、その後も戦況は好転せず、初陣を果たしたばかりの弟・三郎も敵弾に倒れる。  そして、敗色濃厚と知った慶喜は、夜陰に乗…
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八重の桜 第20回

開戦!鳥羽伏見 都では王政復古が宣言され、逃げるように大坂へ下ろうとする慶喜を林権助や佐川官兵衛らが必死に引きとどめるが、神保修理にいさめられやむなく従うことになる。出兵するも慶喜討伐の口実を失った薩摩と長州は、西郷吉之助の発案により、江戸で争乱を起こす。そして1868(慶応4)年1月、ついに「鳥羽・伏見の戦い」が始まる。  一…
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